L'Arc-en-Ciel(ラルク・アン・シエル)アンオフィシャルファンサイト

お友達のPONちゃんが、「夜空の虹」というテーマでショートストーリーを書いてくれました!
L'Arcとは無関係ですがとても素敵な作品です、ぜひ読んでみてください。

夜空の虹 ---ShortStory

written by PON (PON's homepage - 00)

辺りは既に暗くなっていた。

梅雨を終え、夏の季節を迎えた空気は、湿気を含み肌に纏わりつく。学ランの黒いズボンだけでも暑いというのに汗を吸わない白いシャツは風もあまり通してはくれない。シャツの裾を持ちパタパタと風を送り込んで、少年は下駄箱から取り出した靴を履いた。

陸上部を引退し、大学受験に気持ちを切り替えて図書館で勉強をする日々は、うんざりするほど単調だったが、勉強さえしていれば何もが許されるという気楽な部分もあった。余計なことを考えず、思い悩むこともなく、我武者羅に勉強だけをすればよい。

正面玄関から駐輪場までの道を歩くと、校舎の廊下から明かりと声が漏れてくる。定時制と通信制の高校も兼ねている少年の高校では、これからまた授業が始まるのだ。グランドは野球場並みの照明が赤々と光って、体育のできる設備が整っている。

少年はチラリと横目で二年半慣れ親しんだグランドを見た。幾度も走った校庭。定時制の授業が始まるまでには部活を終わらせて帰宅しなくてはいけないから、一時間前には走っていただろう後輩たちの姿ももう消えている。ガランとただ広いばかりのグランド。

重い鞄を下ろし、眺めた。

グランドに引かれた白線が、ぼぅと浮かんで見える。何度もスタートしたライン。走ったグランド。

少年は、ゆっくりゆっくりと歩き、白線の前に立った。黒茶の砂に白い粉が付着して、線を作り出している。その手前に指を置き、何度も、幾度も凝視した。目を瞑れば網膜の奥に焼きついているほど。

あの、最後の大会。

最高のコンディション、高揚感。興奮。心臓の音。強い太陽の光は、辺りの色を掠れさせて白く眩しく、ゴールだけを映し出した。銃音が脳内に響いたときには身体は飛び出す、条件反射のように、ただ、ゴールに向かって、そこへ、そこだけを見て。

少年は、ズボンに土がつくのも気にせず膝をついた。あのときと同じようにラインの前に手を置き、慣れたフォームを作る。グランドを照らす大きな白い照明が、あの日を思い出させた。

最後の大会のはずがなかった。

少年は二年間目指して練習してきた次の大会へ進めると信じていた。それだけの実力、明確な数字を手に入れていた。

なぜ、背中を見なくてはならなかったのか。

入学したばかりの一年ごときに、どうして。

「……ッ!」

こうして、夜空の下、一人で走っても、前に白い背中が見える。

夜の藍色を、白い背中が走っていく。

追いつくことなく、前を。

少年は、走っていた脚を止めた。広いグラウンドの中央、コースの真ん中で立ち尽くした。だんだんと藍色の風景は輪郭をぼやけさせ、色を混ぜて、熱くなった目からは液体が流れていった。空を仰げば、金色の三日月が二重にも三重にも揺れていた。白い電球を並べた照明も、ゆらゆらと揺れていた。

星は見えない。みんな白い光に負けて、柔らかな橙の星も清涼な青い星も、みんな負けて、小さな星は藍色の空に消えていく。昼間に見えないように。

色彩は、より強い光に負けて。

少年は膝をついて、グランドの中央に寝転んだ。夏の生温い風が頬を撫でて通り過ぎていく。がらんとしたグランドはあまりに静かだった。

どのくらい、そこに寝転んでいただろう。

「おーーい!」

グランド横のスタンドから、数人の生徒たちが手を振っている。ジャージを着ているから、これから授業だろうか。少年は、学生服についた砂を払って立ち上がった。

「早くーー!」

「危ないぞ〜〜!」

「こっち、こっち」

なにやら叫んでいるようだったが、意味が取れずに少年は首を傾げた。授業が始まるから邪魔だというだけにしては、慌てた声だ。

「なに……」

突如、空気が裂けた。

冷たい水滴が、暑い空気を裂いて、降ってくる。

スプリンクラーだ。

勢い良く放出して、グランド一帯に、キラキラと噴水がいくつも立ち上がる。 夜の闇に、白い照明を受けた水滴が、ひとつ、ひとつと輝く。白い光の噴水が立ち昇る。少年は、上から注ぐ雨にずぶ濡れになりながら、呆然と眺めた。

水は、プリズムのように光を屈折し、分散させ、反射を繰り返し、夜の闇に、色彩を。

虹を、少年に降らせた。


2005/09/10
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